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03光満つる国々
観光の国イタリア
ヨーロッパ人がレクリエーションに行く土地として、憧れているのはイタリアである。詩人ゲーテも『イタリア紀行』で、″光満つる国″とたたえている。その中の「ミニヨン」の歌は
君よ知るや南の国
木々は実り、花は咲ける
風はのどけく、鳥はうたい
時をおかず孤蝶舞いまう
光満ちて恵みあふれ
春はつきず空は青き……
と、誰もが歌い、あこがれを馳せている。
看護の聖女ナイチンゲールの生まれたのは一八二〇年の五月十五日。このイタリアの古都フィレンツェ(英語ではフローレンス)であった。両親が、霧ぶかいロンドンから光にあこがれてそこに滞在していたときに生まれたので、名をフローレンスとつけたのである。ずっと昔から、この南欧の国は観光の地であったわけで、ヨーロッパの国々がいかに日光にあこがれていたかがわかるであろう。ヨーロッパの人々にとっては、″観光″とは、文字どおり″光を観る"ためであるらしい。
ところで、イタリアというところは、国をあげて観光に力を入れている。非常に金をかけて道路をなおし、壊れかけた廃墟でも、それ以上こわれないようにコンクリートの土台を新しくし、鉄のタガをかけて、大工事をして整備している。建物の配置も、道路をつけるにも、景色を引き立てるように、細かい注意が払われている。また旧いものと新しいものが、実に巧みに調和をたもたせてあり、イタリア全体が歴史的背景をもつ壮麗な観光国になっている。
北から、音楽と学術の都ミラノ、水都べニス、学問の古都バドアやボロニヤ、南へ下って花の都アィレンツェ、宗教の聖地アッシジ、それから古くて新しい大都会ローマ、麗わしい山と海の都ナポリ……それらを取り巻いて光り輝やく山々や平原。
ことに、欧米の旅行者の心をひくのはヴェニスとナポリであるようだ。クリスマスの日に会ったストックホルムの大学教授は、私がこれからイタリアを廻って日本へ帰るのだ、といったら冬場のヴェニスとナポリには一生に一度は行って見たいと羨しがっていた。″ナポりを見てから死ね。(Vedi Napoli,e poi muori! )という古い格言があるが、ベズビオ火山―今は煙を出していない、第二次世界大戦のとき米軍が上陸したとき以来ふんがいして沈黙をつづけているという―を背景に、海に面して沖合いにカプリの島を望む風光明媚の地として昔から知られている。ここらあたりはいわゆる″南の国″で、冬でも木々は緑で、オレンジがなっていて、ホテルにもスチームはない。景色がよいだけでなく、山のかげにはがっちりした石造の建物があって、自然の風光と人工の点景の美がよくマッチしている。カプリの山頂に美しい家があるので、案内人に聞いたら「あれはムッソリーニの別荘だった」と教えてくれた。
ヴェニスは、映画の『旅情』にも最初に出てくるが、″道″はみな運河になっていて交通はすべて舟である。無数の橋で町々はつながっているのだが、その下は舟が通るのでどれもみな″太鼓橋″になっている。だから車はあっても使えない。朝起きたとき、妙に静かで、パシャッ、パシャッと窓の下にぶつかる波の音、ギッチラ、ギッチラ舟のゆく音が何とも心地よい。そして文豪アンり・ド・レニエの『水都を描く』を思いおこして、現在の都会の交通が、忙しい乗り物(自動車)によっていかにやかましくなっているかということを、この別天地に来てつくづく感じたのだった。