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03光満つる国々
映画「旅情」の背後
ヴェニスがこのような風がわりな水路の交通をしているのは、何もつむじまがりだからではない。かって文芸復興の頃には、シェイクスピアの『ヴェニスの商人』で知られた欧州第一の富裕を誇った文化の中心であった。
物資の乏しいョーロッパがアジアヘの航路をひらいたころである。その当時には、船がもっとも便利な交通運輪の機関であったからだ。それが現在では電車や自動車に代ったのであって、水の都は近代文化からとりのこされたわけである。ミラノやローマ、ナポリなど活気のある都会は自動車とオートバイの洪水で、これは後でも述べるがやかましいことといったらない。ヴェニスやフイレンツェの古都はこれらとコントラストをなしているのでいっそう旅情を湧かせるのであろう。
どこの国でも観光には力を入れているが、ことにイタリアはすごい張り切り方である。風光がよいというよりも、道をよくし、点景の調和に心をかけ(日本のように広告などで景色を打ちこわすなどもっての外である)、カフェやレストラン、ホテルなど気持よく設備されている。ある人が「風景というのは、人間をも含めたものだ」といっているが、設備だけでなく人情さえもが、風景の重要な部分をなすことがよくわかった。観光というのは、現代生活の疲れをいやすためのレクリエーションであってみれば当然のことであろう。
それに観光は宣伝が大切だ。この点イタリアは実にうまいようだ。『旅情』や『ローマの休日』など金をかけてよい映画をつくり、これによって観光イタリアを宣伝する。そして金をもうけては、修繕や設備にかける。ローマのコロセウム(野外劇場)で、あの壊れかけをそのままに保つための地下工事を見たが、大仕掛けなのにおどろいた。ポンペイの廃墟なども、三万も人口のあった都会をそのまま発掘して保存するのは大事業なのである。
とにかく、イタリアは全土をあげて観光に全力を傾注している。したがって、このために旅客のおとしてゆく金は莫大なものになっている。観光事業は、自然の景色だけの″無手勝つ流″ではだめなのであって、ベルリンのオリンピック・スタジアムなどもあれだけ立派な石造にしておいたから、今でもピクともしていない。見物料だけでも維持費をまかなって余りがあり、すでに元をとってしまったといわれている。しかも永久に残るのである。観光事業に限らず、もっと広い視野に立って長い目で見て、綜合的にやって行かねばならないだろう。「ローマは一日にして成らず」である。古い時代からの遺産がっもりつもって、あの荘大さを誇ることができるのだ。都会を立派にすることは、実は観光のためよりも都会に住む人が健康で長生きするための必要になってきたのである。